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西郷には3人の妻がいたのをご存知ですか?キャストは誰か気になりますね?

2018年6月7日

西郷吉之助(隆盛)は、波乱万丈の生涯に妻を3人娶ります。

ひとり目の妻は、須加(キャスト:橋本愛)で、二人目は島妻・愛加那(キャスト:二階堂ふみ)で、三人目は、あの第6話で「幼い頃から吉之助さんが好きでした」と告白した糸(キャスト:黒木華)と晴れて結婚します。

このページでは、西郷が愛した3人の妻をご紹介します。

◆最初の妻 須加(キャスト:橋本愛)


最初の妻は伊集院直五郎の娘俊子(大河ドラマでは須加、演じるのは橋本愛)。
嘉永5年、吉之助は両親が決めた相手(俊子)と結婚するが、祖父、父、母と
立て続けに亡くなって、その後斉彬の参勤交代で江戸に随行するが
その間に直五郎が俊子を実家に連れ戻してしまう。

吉之助との間に子供がいなかったのは幸いで、直五郎は西郷家で貧しい生活をしている俊子がかわいそうで連れ帰ったようです。

ドラマでは、「貧乏が嫌なので、わがままな嫁で申し訳ありません」と言っていたが
江戸に行くのを後押しするために自ら離縁を申し出て、手切れ金を渡し江戸行の金を工面してあげたというストーリになっています。

吉之助を江戸に行かせるために自ら身を引いたのです。
その時の須加(橋本愛)の大粒の涙がネットで反響を呼んだようです。

その後、俊子はどうなったかは史料に残っていないようです。

◆2番目の妻 愛加那(キャスト:二階堂ふみ)


安政5年、藩主の斉彬が急死し、藩主の悲報を聞いた吉之助は自らも後を追おうと
僧の月照と入水自殺をするが、自分だけが助かり、月照は死んでしまいます。

斉彬の死後、安政の大獄がはじまります。
薩摩藩の当主には島津久光の子供が跡継ぎとなり久光が後見人となるが、久光は吉之助を救うため藩の職をとき、奄美大島に潜伏させます。

そこで、2番目の妻となる愛加那(あいかな)に出会います。
愛加那は島の名家・龍家の分家の娘で生命力に満ち溢れていて恋におちて結婚。

吉之助は菊池源吾と名を変えて住み着きます。
島での生活は貧しかったようです。
二人が島で生活したのは2年半でしたが、その間に二人の子をもうけます。

吉之助に薩摩藩から帰還の命令が下り、吉之助は妻と子供おいて薩摩に戻ってしまいます。

◆3番目の妻 糸(キャスト:黒木華)


吉之助の3番目の妻になったのは岩山八郎直温の次女・糸(黒木華)であった。
二度の遠島から帰ってきた吉之助は糸と祝言をあげる。吉之助は39歳、糸は再婚で23歳であった。

媒酌人は薩摩藩主家老の小松帯刀であった。
糸はやっと好きだった人と一緒になることができたのです。

ドラマでは第6話で吉之助の自分の気持ちを吉之助に伝えたが、他家に嫁いでいきました。

当時の西郷家は、次男、三男の夫婦、四男、使用人たちが同居していて、吉之助が陸軍大将になっても暮らしは貧しかったという。

畑で野菜をつくり養蚕をやるという質素な暮らしにも糸は不平も不満も言わずに西郷家を支えていた。

後に吉之助は糸のことを「貧極まれども良妻醜を言わず」と書いています。
糸は吉之助の間に3人の子供を作っています。

糸は吉之助の二人目の妻の子供も引取り、我が子と分け隔てなく育てたそうです。

明治10年、私学校の生徒が政府の火薬庫を襲撃する事件が起こった。
吉之助は政府のやることに異を唱えて挙兵するのであった。

これが契機となって西南戦争が勃発するのである。
西郷軍は熊本城を包囲するが、政府軍に反撃にあい敗走、政府軍は鹿児島に攻め入り、西郷軍は鶴丸城に立てこもるのであった。

糸たちはもと女中だったものの村に身を潜めていたがこっそりと鶴丸城の吉之助に衣服などを届けたと言われている。

やがて政府軍の総攻撃がはじまり、西郷軍は最後の決戦に臨んだ。しかし政府軍の圧倒的な攻撃に成す術がなく敗退し、西郷も銃弾をあびて最後は自決するのであった。

7か月に及んだ西郷の反乱もこれで幕を下ろしたのであった。

その後糸は、武村に戻って暮らすが貧しさはかわらなかったという。
やがて子ども成長し、明治29年には、長年暮らしていた鹿児島を離れ上京し、東京牛込加賀町で暮らした。

上野に西郷さんの銅像が作成されたときに、「西郷はこげな人じゃなか」と言ったのは有名なエピソード。

最後は次男の家に引き取られ、大正11年に80歳で生涯を閉じた。

◆他にも愛人がいた?


慶応4年、鳥羽伏見の戦いが勃発すると徳川慶喜は大阪城から江戸に逃げ帰ってしまう。
この頃、吉之助は京に3年間いるが、その間料理屋で仲居をしている「お虎」という愛人と一緒に暮らしていたようです。

最初の妻の容貌はわかっていないが、2番目の妻の愛加那はふっくら、京のお虎は大柄で3番目の妻の糸は小柄でほっそりしていたという。